November 27, 2009

愛知県西尾市中学生いじめ自殺事件(あいちけんにしおしちゅうがくせいいじめじさつじけん)とは、1994年(平成6年)に愛知県西尾市で起きた男子中学生のいじめが原因の自殺事件である。
目次
[非表示]

* 1 事件の経緯
* 2 その後の取組
* 3 外部リンク
* 4 関連項目

事件の経緯

1994年(平成6年)11月27日、愛知県西尾市立東部中学校2年の男子生徒(当時13歳)が、自宅裏の柿の木で首を吊って死んでいるのを母親に発見された。葬儀後、自室の机から「いじめられてお金をとられた」という内容の遺書が見つかった。

西尾市教育委員会による調査の結果、同級生11人がいじめに関わっていることが判明し、主犯格の4人が恐喝容疑で書類送検された。4人は、小学6年生の頃から自殺した生徒にたびたび暴行を加え、金を要求していたことを認めた。被害者から脅し取った金額は少なくとも110万円と報道されている。1995年(平成7年)4月、3人が初等少年院に、1人が教護院に送致された。
その後の取組

その後生徒たちによりそのようなことが二度と起きないようにと「ハートコンタクト」と呼ばれる生徒による自主組織が作られた。活動としてはクラスの様子を見たりしている。11月の命日に近い日にいじめ集会を行い意識を高めるようにしている。現在も活動を続けている。

November 24, 2009

1.もっと買わせる戦略

 共有から、一部屋にひとつ、一人にひとつ、さらには一人に複数へ(註5)。例:男性用・女性用別の整髪剤、朝にもシャンプー。

2.捨てさせる戦略

 使い捨て化して、使うたびに買わせる。例:紙製の食器、使い捨て容器、使い捨て傘、使い捨てカメラ、使い捨てコンタクトレンズ、使い捨てカートリッジ……。

3.計画的廃物(陳腐)化の戦略 

 a)物理的陳腐化 丈夫・頑丈には作らない。

 b)機能的陳腐化 今持っているものは機能的に劣っていると感じさせる(実際には、新製品に余計な機能が増えているだけにすぎなくても)。

 c)心理的陳腐化 最も重要。今持っているものが流行遅れだと感じさせる。例:年に何度も発表される携帯電話のニューモデル。

使い捨てデジタルカメラ.jpg4.混乱をつくり出す戦略

 価値の判断を鈍らせる。例:「3個で○○円」、無料サービス品の添付、通話料金の割引制度。

5.月賦販売による戦略

 クレジットと分割払いで、カネがなくても、今買えるように。

6.快楽主義を植えつける戦略

 a)浪費の正当化──「消費は美徳」という価値観の植えつけ。

 b)浪費の口実を与える──本日限り、期間限定価格、記念日などの活用。例:「イースターは新しい靴で」「バレンタインデーには男性からもチョコを」。

 c)便利さの提供──すぐに作れる、すぐに使える、すぐに届ける(気安く買わせる)。例:ファストフード、ネット販売。

7.人口増加を利用する戦略

 大勢の人は単に大きな市場と見なされる(若者市場には“将来の顧客”も含まれているので特に大事)。例:団塊ジュニアへのマーケティング、中国、インドへの進出など。

では、これらの戦略によってムダになっているものは何か? もちろん資源もエネルギーもムダになっているが、一番取り返しがつかないのは、これら全てに費やされている「我々の労働」なんじゃないかと思う。
買わされている側はもちろん、買わせている側も反乱を起こすべきだ。「こんなことくだらないこと、やってられるか!」と。

tsurumi’s text: 電通の広告戦略を分析する (via yaruo) (via sas20yen

)

よくまとまってる。勉強になります。

(via uessai-text)

(via watanavision) (via hitu)

14 1/2 2009/11/19(木) 02:30:16.83 ID:DA4ww8770
804 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/05(水) 17:31:22

あるベトナムの村に宣教師たちの運営する孤児院がありましたが、爆撃を受けてしまいました。
宣教師達と2人の子供達が即死し、その他の者も重傷を負いました。
重傷になったものたちの中でも8才の女の子は最も危ない状態でした。
無線で助けを求めると、しばらくしてアメリカ海軍の医者と看護婦が到着しました。
大量に出血したことにより危ない状態にあり、早く手当をしないと少女は命を落とすことになります。

輸血が必要でした。しかしどうやってそれを行うことができるというのでしょうか。
言葉が通じないため、ジェスチャーを使って子供達を集め、何がおきていたのかを説明し、
誰かが血液を提供することが必要であることを伝えようとしました。
沈黙の時間がしばらく続いた後、一本の細い腕が恐る恐るあがりました。

ヘングという名の少年でした。

15 2/2 2009/11/19(木) 02:31:14.47 ID:DA4ww8770
急いで少年の準備をすると、苦しむ少女の隣に寝かせ、輸血ようの管をとりつけました。
少年は黙ったまま天井をじっと見つめていました。
しばらくすると、少年は自由になっている手で顔を覆うと、しゃくりあげるように泣いているのでした。
医師がどこか痛いのかと尋ねるとそうではないようでした。
しかし、しばらくするとまた、しゃくりあげ、今度は大粒の涙をこぼしていました。
医師は気になり、再び尋ねましたが、またもや彼は否定しました。
ときどきしゃくりあげていたのが、やがて静かに泣き出しました。

明らかに何かが間違っているようでした。

すると別の村からベトナム人の看護婦が現れました。
医師はその看護婦にヘングに何が起きたのか尋ねてくれるように頼みました。
すると少年の苦しそうな表情はゆるみ、しばらくすると彼の顔は再び平静を取り戻しました。
すると看護婦はアメリカ人の医師達に説明しました。
「彼はもう自分が死ぬのかと思っていたんです。あなた達が説明したことを理解しておらず、少女を助けるため、全ての血液を提供しなければいけないと思ったようです。」
すると医師はベトナム人看護婦の助けを借り、少年にきいてみました。
「そうであればどうしてあなたは血液を提供しようと決心したんですか。」
すると少年は単純に応えました。

「あの子はぼくの友達なんです。

November 23, 2009
jacony:


ak47:


dtybywl:

Image 156 from ≈ 77,900 ft. (via SABLE-3 Balloon Launch)すごいすごいすごい

jacony:

ak47:

dtybywl:

Image 156 from ≈ 77,900 ft. (via SABLE-3 Balloon Launch)

すごいすごいすごい

ファンタジー号 [編集]

ファンタジー号は直径6mのビニール風船を6個、直径3mの風船を20個装備。ゴンドラ部分は海上に着水した時の事を考慮し、浮力の高い檜を使用。ゴンドラ外形寸法は約2m四方で深さ約1m。桶造りでは東京江戸川区の名人と言われているものの、飛行船のゴンドラは専門でない桶職人に製作を依頼。風船のガスが徐々に抜けて浮力が落ちるため、飛行時に徐々に捨て機体の浮上を安定させる重り(バラスト)を用意していた。重りの中身は、厳寒でも凍らない焼酎を使用していた。ただし焼酎は浮力不足のため、琵琶湖畔からの出発の際に200本全てが下ろされた[6]。

積載物は、酸素ボンベとマスク、1週間分の食料、緯度経度測定器、高度計、速度計、海難救助信号機、パラシュート、レーダー反射板、携帯電話、地図、成層圏の零下60度以下の気温に耐える為の防寒服、ヘルメットに紫外線防止サングラス等であった。

出発時の防寒具は、スキーウェアと毛布で、無線免許は持っていなかったため、無線機は積まれていなかった。搭載していた高度計についても、鈴木は使い方を理解していなかったという。食糧については、鈴木は絶食の訓練をしていたと称しており、スナック菓子のみだった[3]。さらにテレビカメラと無線緊急発信装置も搭載されていた[6]。

ファンタジー号のビニール風船については、もともと人を乗せるものではないし、零下何十度にも達する高空に耐える保証もないことを制作したアド・ニッポー社は取材に答えている。日本気球連盟の今村純夫も、上空で気圧が下がると、球形の風船では膨らんで弾ける可能性を指摘。さらに破れてヘリウムガスが抜ける風船があったものの、鈴木は出発の前に粘着テープで応急修理して使ったという[3][6]。4月の不時着事故でこれまでの会社がヘリウムガスを売ってくれなくなったため、別の会社から調達。計280万円分のヘリウムボンベはトラック3台で運搬された[6]。

ファンタジー号での冒険にあたっては、鈴木は募金を集めていたが、寄付された金額は不明。ゴンドラの制作のために鈴木は多額の借金を負い、支援者の1人が1,300万円を肩代わりした[1]。

ファンタジー号事件 [編集]
事件の概要 [編集]

1992年11月23日、当時52歳の鈴木嘉和が、ヘリウム入りの風船を多数つけたゴンドラ「ファンタジー号」で試験飛行を行うことになった。

鈴木に電話で呼び出された同志社大学教授の三輪茂雄と学生7人、朝日新聞の近江八幡通信局長、前日から密着していたフジテレビのワイドショー『おはよう!ナイスデイ』取材班、そして鈴木の支持者らが琵琶湖湖畔に集まった[3]。

この日の名目はあくまで200メートルあるいは300メートルの上昇実験ということだった[1][6]。しかし、120メートルまで上昇して一旦は地上に降りたものの、16時20分頃「行ってきます」と言って、鈴木はファンタジー号を係留していたロープを外した。「どこへ行くんだ」という三輪教授に「アメリカですよ」との言葉を返し、重りの焼酎の瓶を地上に落とした鈴木は周囲の制止を振り切って、琵琶湖湖畔からアメリカネバダ州サンド・マウンテンをめざして出発した[6]。

翌日は携帯電話で連絡が取れたものの、2日後にSOS信号が発信され海上保安庁の捜索機が宮城県金華山沖の東約800m海上で飛行中のファンタジー号を確認したが、鈴木は、捜索機に向かって手を振ったり座り込んだりして、SOS信号を止めた。ファンタジー号の高度は2,500メートルで高いときには、4.000メートルに達した。約3時間の監視をして、ファンタジー号は雲の間に消えたため、捜索機は追跡を打ち切った。

以後、SOS信号は確認されておらず、鈴木の家族から捜索願が出されたことを受け、12月2日に海上保安庁はファンタジー号が到着する可能性のあるアメリカ合衆国とカナダとロシアに救難要請を出した[11]。

鈴木の計算では、ファンタジー号は、高度1万メートルに達すれば、ジェット気流に乗って、40時間でアメリカに到着するはずだったが[3]、以後の消息不明である。当時の気象大学校の教頭である池田学は『朝日新聞』の取材に、鈴木の生存は難しいだろうと答えている[11]。ファンタジー号のビニール風船の素材が塩化ビニールならば、1日に約10%の割合でガスが抜け、 海に着水している可能性が指摘されている[12]。

November 21, 2009

一瞬だけ幸福になりたいのなら、復讐しなさい。永遠に幸福になりたいのなら、許しなさい。

  by アドリアン・ルビンスキー

November 20, 2009
ドミナントとは近隣に同じセブンイレブンを出店させること。たとえば大和町で自殺したAオーナーは最盛期では日販80万(セブンの平均日販は60万らしい)を記録していたものの、すぐ近くに同じセブンが登場してからは40万にまで下がり赤字店に転落。いくら働いてもマイナスになるばかり。そのうえセブンイレブンでは売上金すべてを毎日本部に上納しなければならないシステムになっているため、オーナーは自分で働いて稼いだ金であるにもかかわらず、一切の手をつけることが禁じられているのである。オーナーなのに。赤字に苦しんだAオーナーは運転資金を稼ぐために夜勤明けに蔵王でスキー客の誘導員のバイト(!)までして店を護ろうとしたのだった。他のライバルコンビニ店とも闘わなければならない立場にありながら、同じグループが近くに出店してくるのではないかという恐怖に怯えなければならない。敵と闘っている間に、後方の味方が兵糧に火をつけてくるような話である。大和町という田舎にコンビニが十六、十七店もできているのだが、そもそも同じグループが複数出店しては、オーナーの努力でどうにかなるはずがない。むしろがんばって儲ければ「そんなに儲かるならもういっちょう」とばかりに本部は出店させてしまうのだ。